異動先で担当業務を与えられず、会議や情報共有からも外される。こうした状況に置かれても、自分から退職するしかないと決める前に、異動の理由や契約上の条件を確認することが大切です。
本記事では、いわゆる「追い出し部屋」を、厚生労働省のハラスメントの整理と配置転換をめぐる裁判例から考えます。違法性を一律に決めつけず、相談に備えて残したい記録と、退職届に署名する前に取れる行動を紹介します。
情報は2026年10月25日時点のものです。制度・労働条件・統計は変わることがあります。出典は記事末尾にまとめています。
転職・退職の判断は、ご自身の状況に合わせて行ってください。労働条件のトラブルは、労働基準監督署や総合労働相談コーナーで相談できます。記事中の人物・会社・試算は、特記のない限り説明のための例です。
- 配置転換の権限があっても、必要性の欠如や不当な目的、著しい不利益が問題になる場合があります。
- 辞令と業務指示、面談の経過、体調の変化を、日時と事実が分かる形で記録します。
- 退職勧奨は断ることができ、署名前に記録を整理して社内外の窓口に相談できます。
基礎知識:配置転換と退職勧奨は別のもの
配置転換は、会社が職務内容や勤務場所の変更を命じることです。認められる範囲は契約や事情によって異なり、職種・勤務地を限定した契約では、会社が一方的に変更できないことが原則です。[s8]
退職勧奨は、会社が本人に退職を働きかけることで、解雇とは異なります。厚生労働省の解説では、勧められた人は自由な意思で拒否でき、意思形成を妨げる働きかけは不法行為となる場合があるとされています。[s4]
「追い出し部屋」は通称であり、その呼び名だけで違法性が決まるわけではありません。異動の目的や必要性、実際の仕事、本人への不利益を、契約と個別の経過に沿って確認する必要があります。[s8]
仕事を奪う、孤立させる、無理な業務を課す
厚生労働省は、職場のパワーハラスメントについて、仕事を与えない「過小な要求」、隔離や無視による「人間関係からの切り離し」、遂行不可能な業務などの「過大な要求」を例示しています。退職を迫る配置で問題になり得る行動も、これらの整理と重なります。[s1]
仕事の量だけでなく、目的と扱いを確認する
追い出しに関わる3つの型(厚労省の整理)
仕事を与えない
過小な要求
孤立させる
人間関係からの切り離し
無意味な業務
過大な要求
ただし、業務を軽くしたり、別室で研修したりすることが、すべてハラスメントになるわけではありません。同じ資料は、能力に応じた業務の軽減や、新人育成のための短期間の別室研修などを、該当しないと考えられる例として示しています。[s1]
パワハラの判断は、条件を合わせて考える
パワハラの3つの条件(すべて満たすもの)
立場の強さを背景
優越的な関係
必要かつ相当を超える
業務上の範囲外
働く環境が害される
就業環境への影響
判断では、優越的な関係を背景とする言動であること、業務上必要かつ相当な範囲を超えること、就業環境が害されることを、すべて満たすか確認します。部屋の場所や仕事量だけで結論を出さず、理由、期間、指示の内容を確認しましょう。[s1]
ふつうの異動との線引きは、契約と必要性から
大阪地方裁判所の案内では、業務上の必要性がない配転や、必要性があっても不当な動機・目的による配転、著しい職業上・生活上の不利益を負わせる配転は、権利の濫用として無効になる場合があると説明されています。まず労働条件通知書などで、職種や勤務地に限定があるかを確認します。[s8]
権限があることと、どんな異動も許されることは別
異動が権利の濫用になる場合
業務上の必要性がない
必要がないのに命じる
不当な動機・目的
必要性があっても
通常の我慢を超える不利益
著しく大きな負担
この考え方を理解するうえで参照されるのが、東亜ペイント事件の最高裁判決です。ただし、この事件では問題となった転勤命令が権利の濫用には当たらないと判断されており、労働者が異動を嫌だと感じれば無効になるという判決ではありません。[s3]
判決は、業務上の必要性について、他の人では代われないほど高度の必要性までは求めていません。会社の合理的な運営に役立つかも判断されるため、争点を考えるには、業務の変化や説明の経過を具体的に示すことが重要です。[s3]
裁判例は、退職勧奨から配転までの経過を見る
新和産業事件についての労働新聞社の判例解説では、営業の課長が退職勧奨を断った後、倉庫業務に配転され、課長も解任された経過が紹介されています。大阪高裁は2013年4月25日、退職に追い込むなどの不当な動機・目的を推認し、嫌がらせとして不法行為に当たると判断したとされています。[s9]
一つの辞令だけでなく、前後の流れを確かめる
新和産業事件の流れ(判決の解説より)
ベネッセコーポレーション事件は、社内で配属先を探す状態から降格・配転へ進んだ事案として、専門誌の解説や判例紹介で取り上げられています。2012年8月29日の東京地裁立川支部の判決で、いわゆる追い出し部屋の違法性が問題になった例です。[s10][s11]
ここでの説明は判決を紹介する資料に基づき、これらの判決文そのものを確認したものではありません。事件名は当時の判断を区別するために記載しており、現在の会社の状況を評価する趣旨ではありません。
相談に備えて、変化と経過を記録する
記録は、異動前後に何が変わったかを、他の人に説明できる形にするためのものです。辞令、業務指示、評価の通知と面談の経過を整理し、いつ誰が何を指示したかが分かるように残します。
異動・面談・時系列の記録を分けて整理する
自分を守る3つの記録
異動と業務の記録
辞令・指示・評価
面談の記録と録音
日時・出席者も
時系列と診療の記録
いつ・誰が・何を
たとえば、営業担当だった人が異動後には仕事を割り当てられず、会議の案内も届かなくなった場合、以前と以後の担当・連絡・評価を並べてみます。これは説明用の架空の例であり、この組合せだけで違法と決まるわけではありません。
異動の前後を比べる架空の例
異動の前と後を並べる(※イメージ)
| 項目 | 異動前 | 異動後 |
|---|---|---|
| 担当 | 新規の営業 | 倉庫での作業 |
| 会議・連絡 | 毎週の会議に参加 | 連絡も会議もなし |
| 評価・給料 | ふつうに評価 | 評価の基準がない |
※作った例(イメージ)。実際の変化を、日付つきで並べる
面談は日時、出席者、発言を記録し、録音を検討する場合は取得方法や利用範囲も確認してください。録音が証拠として認められるかは事情により、録音さえあれば争いに勝てるというものではありません。[s13]
体調に影響が出ている場合は、受診や休む選択も大切です。診療の記録は体調の経過を示す材料ですが、それだけで会社の目的を証明できるとは限りません。
記録を残すためであっても、機密資料や顧客情報を無断で大量にコピーしたり、録音をSNSで公開したりすることは避けましょう。持ち出し方に迷う資料は、先に弁護士や相談窓口へ確認してください。
その場で署名せず、理由を確かめて相談する
退職勧奨は拒否できますが、同意の意思表示をした後は、撤回できるかが別の問題になります。退職の意思表示が権限のある人に届いたかなどでも扱いが変わるため、迷っている段階ではその場で結論を出さず、書面の内容を確かめましょう。[s4][s5]
署名、記録、相談、体調の順に確認する
追い出されたときの4つの行動
その場で退職届を書かない
理由を確認して残す
社内と社外の窓口
受診・休む選択も
異動理由や担当する業務が曖昧な場合は、事実を確認するメールを送る方法もあります。次の例文のように、相手の意図を決めつけず、説明してほしい内容を具体的に書き、返信も含めて残します。
担当業務と異動理由を確かめる例文
件名:異動について確認
〇〇部長
お疲れさまです。先日の異動について、
担当する業務の内容と、異動の理由を
教えていただけますでしょうか。
今後の仕事の進め方を確認したいためです。
社外の相談先として、厚生労働省の総合労働相談コーナーがあります。配置転換やいじめ・嫌がらせも対象となり、無料・予約不要で相談でき、必要に応じて助言・指導やあっせんなどの案内を受けられます。[s7]
退職を選ぶ場合も、離職票の理由が実際の経過と一致しているかを確認してください。退職勧奨による離職なのに自己都合と書かれているなど、事実と違う場合は、事情を示す書類を持ってハローワークに相談できます。[s5]
辞めるか残るかを急いで決める前に、契約、業務の変化、面談の経過を整理して相談することが次の一歩になります。個別の違法性や具体的な対応は、その資料をもとに弁護士や公的窓口と確認してください。
実践のポイント・まとめ
出社しても 仕事がゼロ…勝ち組?
ただし、能力に応じて、業務量を減らすのは、含まれません。決め手は、その指示が、業務上必要かつ相当な範囲を、超えているかです。
1分のショート動画で見る異動してから 仕事が変わった?
みっつめは、評価と給料。変わったなら、日付と金額も残してください。異動の必要性が薄いかを、相談するときの、大事な材料になります。
1分のショート動画で見る出典・参考文献
- [s1] 厚労省「ハラスメント対策パンフレット No.22」(令和8年7月)p.4 ↗ mhlw.go.jp
- [s2] 労働施策総合推進法 第31条(e-Gov) ↗ laws.e-gov.go.jp
- [s3] 最高裁 昭和61年7月14日判決(東亜ペイント事件) ↗ courts.go.jp
- [s4] 厚労省「労働条件確認サイト」裁判例「退職勧奨」 ↗ check-roudou.mhlw.go.jp
- [s5] 厚労省「労働条件確認サイト」Q&A「退職勧奨後、離職票に自己都合退職と記載されました」 ↗ check-roudou.mhlw.go.jp
- [s6] 労働契約法 第16条(e-Gov) ↗ laws.e-gov.go.jp
- [s7] 厚労省「総合労働相談コーナーのご案内」 ↗ mhlw.go.jp
- [s8] 大阪地裁「配置転換に関する事件」 ↗ courts.go.jp
- [s9] 労働新聞社「新和産業事件(大阪高判平25・4・25)」 ↗ rodo.co.jp
- [s10] 労働新聞社「人事学望見 第1070回 リストラと追い出し部屋」 ↗ rodo.co.jp
- [s11] 労働判例ジャーナル14号(ベネッセ事件 東京地立川支判平24・8・29) ↗ roudou-kk.co.jp
- [s12] 中央労働委員会 労使関係セミナー資料(令和8年9月14日) ↗ mhlw.go.jp
- [s13] 弁護士の解説(mc-law.jp)無断録音の証拠能力 ↗ mc-law.jp
- [s14] MyNewsJapan「ベネッセが全面敗訴」(2013年1月) ↗ mynewsjapan.com
検証ファクト一覧を表示する(全18項目)
| ID | 確認した事実・仕様 | 出典 | 注意・補足 |
|---|---|---|---|
| F1 | 労働施策総合推進法 第31条:事業主は、職場の優越的な関係を背景とした言動で業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより就業環境が害されないよう、相談に応じ適切に対応する体制の整備などの措置を講じなければならない。旧30条の2(2026年10月1日から31条) | [s1] [s2] | 個々の異動の適法性を決める条文ではない |
| F2 | パワハラは、①優越的な関係を背景 ②業務上必要かつ相当な範囲を超えた ③就業環境が害される、の3つを全て満たすもの。適正な業務指示や指導は含まない | [s1] | |
| F3 | 人間関係からの切り離し:仕事を外し長期間別室に隔離・自宅研修、集団で無視。該当しない:新規採用者の短期集中の別室研修など | [s1] | 限定列挙ではない |
| F4 | 過大な要求:業務に直接関係のない作業、到底対応できない目標、私的な雑用の強制。該当しない:育成のための少し高い水準、繁忙期の多めの業務 | [s1] | |
| F5 | 過小な要求:管理職を退職させるため誰でもできる業務をさせる、嫌がらせで仕事を与えない。該当しない:能力に応じた一定程度の軽減 | [s1] | |
| F6 | 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合は、権利の濫用として無効(労契法16条) | [s6] | |
| F7 | 退職勧奨は拒否できる。任意の意思形成を妨げ名誉感情を害する勧奨は不法行為になりうる(下関商業高校事件) | [s4] | |
| F8 | 使用者は業務上の必要に応じ裁量で勤務場所を決められるが、無制約ではない。業務上の必要性がない、または不当な動機・目的、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益などの特段の事情があれば権利の濫用(東亜ペイント事件 1986-07-14)。結論は会社の勝ち | [s3] | |
| F9 | 業務上の必要性は高度である必要はなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められればよい | [s3] | |
| F10 | 配転命令は、必要性がない・不当な動機目的・著しい不利益のとき権利の濫用で無効とされることがある。職種・勤務地を限定した契約では一方的にできない | [s8] | |
| F11 | 新和産業事件(大阪高判 2013-04-25):2010-11-30 退職勧奨 → 拒否 → 2011-01-17 倉庫へ配転・課長解任。賃金 34万8,238円 → 15万7,438円、夏季賞与 7万円(前年 39万800円)。高裁は退職に追い込む不当な動機・目的を推認し、嫌がらせで不法行為と判断 | [s9] | |
| F12 | ベネッセコーポレーション事件(東京地立川支判 2012-08-29):人財部付き(社内就職活動)→ 降格 → 業務支援センターへ配転。名刺も持たされず、仕事は社内就職活動。降格・配転の無効を争い、判決は追い出し部屋を違法と判断したものとして紹介 | [s10] [s11] | |
| F13 | 退職勧奨に同意して退職の意思表示が権限者に届くと、会社は撤回を認めなくてよい(大隈鉄工所事件)。届く前は撤回できる。詐欺・脅迫・錯誤は取消し | [s5] | |
| F14 | 離職票の理由が自己都合でも、事業主都合(特定受給資格者)への訂正をハローワークに申し出られる。会社都合は待機7日後に支給、自己都合は給付制限あり | [s5] | |
| F15 | 退職勧奨の態様によっては、業務命令や配転命令の効力が問題になる(「追い出し部屋」への配転等)(中央労働委員会セミナー資料 2026-09-14) | [s12] | |
| F16 | 自分が参加した会話の無断録音は、民事訴訟で証拠能力が認められた例がある(東京高判 1977-07-15)。非公開の審議の無断録音で否定された例もある。必ず認められるわけではない | [s13] | |
| F17 | 総合労働相談コーナー:配置転換・いじめ・嫌がらせ・パワハラなどが対象、予約不要・無料、助言・指導・あっせんを案内、土日祝は閉庁、全国378か所 | [s7] | |
| F18 | 労働者が相談したことを理由に解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(労働施策総合推進法31条2項) | [s2] |
※ 法令・公的案内は2026年10月25日時点で確認したものです。個別の異動や退職の有効性を判断するものではありません。
※ 異動前後の比較と確認メールは説明用の例です。実際の事情に合わせて、記載内容や資料の扱いを確認してください。
※ 新和産業事件とベネッセコーポレーション事件は専門誌などの紹介を参照しています。判決文そのものの引用や、現在の企業の評価ではありません。
※ 録音や資料の保存は、取得方法・内容・利用範囲によって別の問題になり得ます。公開せず、必要な範囲を専門家に相談してください。